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中央銀行がインフレ率を目標として設定し、これまで購入しなかった資産まで買い入れるという姿勢を示せば、国民は日銀の宣言を信じるからデフレ期待はインフレ期待に転じ、現実にも支出を増やすはずだというのである。
貨幣数量説によれば、取引量や貨幣の使用回数(流通速度)が一定であり、貨幣量を政策的に変更できるとすれば、貨幣量の増加率と物価は比例する。 それゆえ金融緩和が物価上昇をもたらすというのだが、それが直接に成り立たないとしても、インフレ期待が形成されればその結果として支出が増え、インフレにもなるだろうというわけである。
現在、この立場は、きわめて旗色が悪い。 もともと、金融緩和によって資金供給を増やしても銀行の貸し出しが増えないという現象が定着していた。
これだけでも政策の実行可能性に疑問が提起されてきたが、致命的なのはもうひとつの点だ。 景気回復が喧伝されてきた2003年以降も05年現在までデフレが続いているのである。

日銀は04年7月13日に金融経済月報の基本的見解を公表したが、それによると国内企業物価は上昇に転じつつあるものの、「川下段階にいくにしたがって、企業部門における生産性上昇等によって(物価上昇は)かなりの程度吸収されると見込まれ」、さらに消費者物価については「小幅の下落基調が続くと予想される」としている。 つまり、現実の物価はデフレであり、また日銀もデフレを予想しているのに、景気が回復してしまっているのだ。
これは、デフレが需要不足の原因だという説に対する反証となっている。 それでもリフレ論を支援しようとすれば、景気が回復してしまった03年以前にすでにインフレ期待が先行していて、それはその後2年以上デフレが続いたにもかかわらず人々の中で不変であったことを実証しなければならない。
しかしそうすると、日銀のデフレ予想が国民には信用されていないことになる。 これではインフレターゲット論が成り立たないことになる。
03年以降デフレ幅が縮小しているが、それも好況の「原因」ではなく「結果」にある。 興味深いことに、リフレ政策を唱える人々の中には、この政策を「パラダイム」であると述べる向きがある。
リフレ政策論者はこのことで、自説が「常識」であり「コンセンサス」だと言いたいらしいのだが、これはこの言葉の本来の意味とは異なる。 周知のように、科学哲学者のT・クーンは、科学者は長い徒弟修業を通じて教科書を読み込み特定のパラダイムを身につけるため、多くの科学者はパラダイムに固執し、重要な変則事例には目を向けず、その場限りの仮説を付け加えて糊塗することになると述べている。

彼はその意味で「パラダイム」という言葉を用いたのである。 事実による反証を受け付けないほど思い込みが激しいという意味では、リフレ政策やインフレターゲット論はパラダイムそのものであるのだから、勘違いなりに正しい使い方ではあるのだが。
消費が実質生涯所得の予想から決まると考えるのは、経済学では主流である。 ところがリストラされるかもしれない人が将来所得を予想する際に、反デフレ派が主張するように物価水準に注目するというのは、あまりにも奇妙な想定である。
明日リストラになって次の職場が見つかるかどうかも分からない、見つかっても給料が半減するかもしれないときに、来年まで物価が二%下がる方に注目して消費を手控えようなどと考えるような愚かな人間は、平均的とは言えない。 資金に余裕があるのに「リストラされるかもしれない」という不安を持つ家計は、人的資本がハイ・リスクの資産になってしまったとみなしているのだから、ロー・リスク資産である貨幣を保有しようとし、投資や消費には使わないのである。
日銀がいくらベースマネーを増やしてもマネーサプライが増えない理由として、デフレはさして重要ではない。 J・Sらの「新しい金融論」によれば、銀行が貸出を通じて信用創造を行うのが現代の経済の特徴である。
ところが企業の情報は企業が十分に知っているのに対して、銀行はより少なくしか知りえないというように非対称性がある。 経済が危機にあって倒産可能性のある企業が増えると、倒産リスクは高まるのに判断のための情報は不足するから、信用は収縮してしまう。
それが貸し渋りが生じる理由である。 Sはこの本で、銀行が供給する信用は倒産リスクを踏まえたものであるのに、マネーサプライを安全な貨幣で供給していると思い込んでいる点で、金融にかんする俗説は間違っていると批判している。
銀行にとっても将来が不確実であり計算するには情報が少なすぎる場合には、信用は供給されなくなってしまうというのである。 ここでSが批判する対象には、銀行をたんに貨幣を供給する機関とみなす人々が含まれている。
問題は、将来にかんする「情報が不足している」という意味で、家計や銀行が(リスクではなく)不確実性に覆われてしまったということなのである。 それをリスク計算が可能とみなす「不確実性の動学的マクロ経済学」などで分析したところで、暗闇で落とした物を探すのに、明るい街灯の下だけを歩き回るようなものであろう。

現実には、経済学の灯の及ばない不確実性は、社会の各方面に拡散しつつある。 資本主義は技術革新によって未知の商品を生み出す経済システムであるから、不確実性は資本主義に不可避に付随することだ。
顕著な例がBSE問題でBSE(牛海綿状脳症)にかんしては、2003年に米国での感染が確認されR本側が米国産牛の輸入を禁止して以降、米国側がそれに強く反発したため事態は政争化し、外交問題に発展してきた。 食品の安全性に関心が集まる一方で安価な牛井を懐かしむ声も強く、05年末に「(BSEの病原体が蓄積しやすい脳や脊髄など)危険部位の除去」「生後20ヶ月以下」の条件で輸入再開の手はずとはなったが、政治的に解決しただけで安全性が確認されたとは言えない。
日本では01年9月に一頭目のBSE感染牛が確認され、消費者に大きく動揺が広がった。 そこで厚労・農水両省は翌月までに肉骨粉の使用禁止、人への感染リスクがある脳や脊髄など特定危険部位の完全除去、全頭検査などを組み合わせた対策を緊急避難的に導入した。
これは世界でももっとも手厚い安全対策と言われ、2年半で300万頭の検査を行い、国内では死亡牛を含む2頭の感染が見つかった。 さらに日本側は全頭でのBSE迅速検査や特定危険部位の除去など国内同様の措置を米国に要求、米農務省はいったん民間業者の自主的全頭検査を認める方針を検討したが、まもなく民間業者の申請を却下、逆に日本側に検査態勢の見直しを迫ってきた。
米国側はさらに日米二国間協議でなくOIE(国際獣疫事務局)へ裁定を持ち掛け、また輸入再開を促す書簡を禁輸状態にある日本や韓国など75カ国・地域に送るという強硬策に出ていた。 米国側は日本の検査基準を拒否する理由として、国際基準からして「現在の検査体制は十分に科学的」だという主張を掲げている。
国際基準に従えば、年間で約3500万頭の牛を出荷する米国でもそのうち500頭程度を検査すればよいが、米国ではこの基準を上回る約2万頭が検査されているからだ。

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